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東京地方裁判所 昭和52年(ヨ)2366号 決定 1978年7月13日

申請人 頭山真一

右訴訟代理人弁護士 山田有宏

同 田中俊充

被申請人 株式会社後楽園スタヂアム

右代表者代表取締役 丹羽春夫

右訴訟代理人弁護士 和田良一

同 青山周

同 美勢晃一

同 宇野美喜子

同 山本孝宏

同 宇田川昌敏

同 狩野祐光

同 牛嶋勉

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

一  申立て

1  申請人

(一)  申請人が被申請人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

(二)  申請費用は被申請人の負担とする。

2  被申請人

主文と同旨。

二  当裁判所の判断

1  被申請人が野球及び各種スポーツその他の興業等を目的とする会社であり、申請人が昭和三九年三月慶応義塾大学法学部政治学科を卒業し、同年四月被申請人に雇用され、同年七月から昭和四七年八月まで後楽園遊園地の企画を担当し、同年九月沖縄海洋博覧会のため出向したことは当事者間に争いがなく、疎明資料によれば、申請人は昭和五一年三月右出向が解除され、同月被申請人の後楽園野球場(以下「野球場」という。)担当に配属されたことが認められる。

2  被申請人が昭和五二年八月一七日申請人を懲戒解雇したこと、その理由は、申請人が野球場への人工芝導入に関し被申請人の請負工事契約の相手方である日産丸紅商事株式会社(以下「日産丸紅」という。)から一四〇〇万円の金員を受領したので賞罰規定第九条第一〇号、同条第一五号に該当するとしたものであることは当事者間に争いがない。

3  当事者間に争いのない事実及び疎明資料によれば、次の事実が認められる。

(一)  被申請人は、昭和四四年頃から野球場に人工芝を敷設することを考慮していたが、昭和五〇年二月頃本格的にその調査検討にとりかかることとなり、同年四月、対象とする人工芝を米国モンサント社製品と呉羽化学株式会社(以下「呉羽化学」という。)製品の二種に限定し、昭和五一年の野球シーズンから利用できるようにすることを前提に、社内に「人工芝委員会」を設置し、技術的諸問題、野球以外での利用方法、工事金額などの諸条件の検討をするかたわら、モンサント社製品を扱う三菱商事株式会社(以下「三菱商事」という。)及び呉羽化学製品を扱う日産丸紅との間で、人工芝の品質、価格、工事条件、保証期間等の交渉をした結果、人工芝の品質について両者間にそれほど差がなく、日産丸紅の提示した敷設工事費が三菱商事のそれよりも安価であり、保証期間も日産丸紅の提示した期間が長期であったことから、同年六月、被申請人の経営会議において呉羽化学製品を採用すること、その敷設工事は日産丸紅に発注することを決定した。同年一一月二九日、被申請人と日産丸紅との間で被申請人を発注者、日産丸紅を請負人とする人工芝敷設工事の請負契約が締結された。請負金額は、二億四一五〇万円(追加工事及びメンテナンス機械購入費等を含めると総額二億九四〇〇万円となる。)であった。右工事は、呉羽化学他七社の下請工事により昭和五一年二月末完成した。

(二)  申請人は、日産丸紅から今井商店の銀行口座に昭和五一年五月二〇日振込まれた一二五〇万円、同年六月二一日振込まれた一五〇万円、以上合計一四〇〇万円のうち同商店の口座利用の謝礼分一四〇万円を差引いた残額一二六〇万円を受領した。

4  申請人は、右金員の趣旨は、申請人が何回か渡米した際に米国における人工芝利用状況等を研究し、この知識に基づき日産丸紅の取締役・グリーン物資部長平井文彦に対し人工芝の開発及び技術面で種々の助言を行ったため得た個人的なアルバイト料であると主張する。

しかし、次の各事実からみて、右主張にそう疎明資料は信用できない。

(一)  申請人に対して支払われた金額は一四〇〇万円という多額のものであるのに対し、前記1の申請人の経歴及びその主張する人工芝研究の程度からすれば、右金額に対応する程に価値のある開発及び技術面での助言がされたものとは考えられず、申請人が列挙する助言内容も前記主張を首肯するに足るものではない。

(二)  疎明資料によれば、呉羽化学は、昭和四二年頃から人工芝の開発を手がけ、昭和四三年に製品化し、昭和四五年には野球場の一部に実験的に人工芝を敷設したりして、独自の研究開発を行っており、今回の施工に際しても日産丸紅の技術面での指導は受けていなかったことが認められる。

(三)  疎明資料によれば、被申請人が呉羽化学製品の採用を決めたのは、その金額及び保証期間が主たる要因であり、同製品とモンサント社製品との間で品質面でも敷設工法の面でも別段の違いはなかったことが認められる。

以上の各事実によれば、前記金員が申請人の日産丸紅に対する個人的助言の謝礼として支払われたものと考えることは不可能であり、他方、疎明資料によれば、日産丸紅は、被申請人からの照会に対し、昭和五二年六月二九日、前記金員を「リベート」として支払った旨回答したこと、同社の平井取締役は、今井商店に対し、右金員が「バックマージン」であると説明していたこと、当初関係者間ではモンサント社製品が有力視されていたが、日産丸紅としては宣伝的効果を重視して自社が受注することを強く望んでいたことが認められ、以上の各事実に本件金員の金額及び授受の方法を総合して考えれば、申請人が具体的に果した役割は明らかではないが、被申請人において日産丸紅を発注先と決定することにつき申請人が同社のため便宜を図った謝礼として本件金員は支払われたものと推認することができる。

5  疎明資料によれば、被申請人の賞罰規定第九条には懲戒解雇事由として、「業務を利用して、不当に金品その他を受け取り、要求しもしくは会社に不利益な契約ないし行為をした者(第一〇号)」、「故意に重大な損害を会社に与えた者(第一五号)」と規定されていることが認められる。

6  そこで本件懲戒解雇の効力について検討する。

(一)  賞罰規定第九条第一〇号の「業務を利用して」とは当該従業員がかつて又は現に担当し、若しくは将来担当するであろう職務を利用した場合をいうものと解するのが相当であるところ、前記事実によれば、申請人は人工芝敷設工事発注先の日産丸紅から人工芝敷設に関し一四〇〇万円を受領しているが、同人は昭和四七年九月から昭和五一年三月まで沖縄海洋博覧会のため出向しており、人工芝敷設工事計画が本格化し出した昭和五〇年四月頃から右工事発注時である同年一一月頃までの間野球場人工芝敷設工事に関し職務上は何ら関与する立場になかったのであるから、申請人がその業務を利用して金品を収受したものとは認めることができず、申請人の右所為は賞罰規定第九条第一〇号所定の事由に該当しないというべきである。

(二)  しかし、前記のとおり、申請人の受領した金員は、日産丸紅が技術又は開発面で申請人から有益な助言を得たためではなく、本件工事につき日産丸紅が受注先として決定されること自体に対し支払われたものということができるから、仮にそれが日産丸紅の本件請負契約による利益の中から支払われたものとしても、その請負代金額が右金額分減額されえたことを示すものであり、被申請人は、申請人の行為により、その受領額と必ずしも同額ではないとしても、疎明資料により認められる交渉の経緯からすれば、なお相当額の減額を期待しえたものであって、申請人もこれを認識していたものと推認できる。従って、申請人は故意に重大な損害を被申請人に与えたものというべく、その行為は、賞罰規定第九条第一五号に該当する。

そして本件事案に照すとその情状は決して軽くはないから、本件懲戒処分は相当であるといわなければならない。

7  よって、申請人の本件申請は被保全権利について疎明がないというべきであり、保証を立てさせて疎明にかえることは相当ではないから、本件申請を失当として却下することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 桜井文夫 裁判官 福井厚士 仲宗根一郎)

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